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「考えてみませんか、ジェンダー・フリー」
(コミサポ11月号(ナナ総合コミュニケーション研究所) 2003年12月号)
「おばさん」と呼ばれてうれしいですか
「次はおばあちゃんの番ですよ」と言われて、預金を全額解約して帰ってしまった高齢の女性がいたそうです。「私はあなたのおばあさんではありません!」と言い残して。
こんな話を勉強会でした私に、「この間、私見ました! 電車のなかで入口の近くに立っていた女性に中年の方が『おばあさん、どうぞ』と声をかけたら、その女性は毅然として『私はあなたのおばあさんではありません』と言い、座りませんでした」。
先日ラジオを聞いていたら、「私より少し年上の男性二人から『おばさん、駅にはどう行けばいいの』と聞かれたので『私はあなた達のおばさんではないけど、教えてあげるわ、……』。帰ってその話を夫にしたら、『そんなこといいじゃないか、どうせおばさんなんだし』と言われ夫婦げんかになった」と話していました。
これらの話の声をかけた方たちに悪気があったわけではないはずです。そのことは十分わかっていても、言われた人は不愉快だったのです。
どうしてでしょうか? あなたはいくつになったら他人から「おじいさん」「おばあさん」「おばさん」などと呼ばれて嬉しいですか?
私の女性の友達は憮然として言います。「休日に電話が鳴って出ると『ご主人いらっしゃいますか』『……はい、私です』『……ガシャン!』 全く、家庭というものは主人と奥さんと子どもがいて当たり前と思っているのよ」と。
社会的・文化的につくられた“らしさ”
皆さんの職場でも似たようなことがありませんか。二十代も後半になると、「そろそろ結婚だね」「そんなに働くと彼氏逃げちゃうよ」。男性には「そろそろ役職のつく年齢なんだから結婚しなきゃ」。結婚している人には「子どもはまだ?」「子どもができたら奥さん辞めるんだろう」女性には「子どもは自分の手で育てないと……」「無理して仕事しなくてもいいじゃない、子育てはすばらしい仕事だよ」(育てたことのない人に限って言う)。「お姑さん倒れたんですって、仕事どうするの?」男性には「お母さん倒れたんだって、奥さんタイヘンだね」
こうした会話は、ごく日常的にかわされるものかもしれません。でも少し考えると、男女の別や年齢によって固定的に作られた呼び方や役割を前提としていることに気がつきませんか。
「男は一家の大黒柱」「女の子だから料理が上手でないと」「女の子らしくピンクを」「男の子だからたくましくなくちゃ」など、社会的・文化的につくりあげられた「女らしさ」「男らしさ」をジェンダーと言います。
性別にとらわれず自分らしさ
こうしたジェンダーに囚われて男女が固定的な役割分担(家事や育児、介護は女性のすること。責任の重い仕事は男性の仕事、など)をしたり、本人が望んでいるのに男だから、女だからという理由で持てる力を十分に発揮できない社会は、平等な社会とはいえません。男性も女性も性別に囚われず、自分らしくしたい仕事や社会参加ができるジェンダー・フリーな社会がいま求められています。
国は男性とか女性という性別で、その役割や社会参加を制限してはいけないと、一九九九年四月、男女雇用機会均等法を改正しました。六月には男女共同参画社会基本法が施行されました。皆さんの職場でもセクシュアルハラスメントの防止について対策が講じられていることでしょう。この改正法でいうセクシュアルハラスメントは、ジェンダーによる仕事の固定的役割分担決めも含まれています。女性という理由で昇格を阻まれることもセクシュアルハラスメントになります。
年をとったらおじいさん、おばあさん、結婚したら奥さん、ご主人、こうした人を属性で呼ぶことによってつくられる暗黙の“らしさ”の強制=ジェンダーを、一度みんなで考えてみませんか? 男性も一人で家族を養わなければ、という呪縛から解放されましょう。そして、ジェンダー・フリーな価値観と行動をどうしたら身につけられるか、機会をつくって話し合ってみませんか。




