株式会社ユーディージャパン

人材教育・出版・ユニバーサル環境の推進

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「ノーマライゼーションの推進は産業の活性化にもつながる」
  (月刊総務 巻頭エッセイ(2002年11月号))

 全盲の川島さんの“語り”「お母さんの目」に聞き入る受講生たち。彼女の語りには、まるでその情景が浮かび上がってくるような力がある。朗読という範囲をはるかに超えた彼女の語りは、語りべの世界では知る人ぞ知る存在。
 そこは、ユニバーサルスポーツ・コーディネーター養成講座の会場。研修初日の交流会でのこと。車いすの岡村さんの講義に、「えっ、車いすの人が講師!」そして、「なんだ、同じじゃない、いやもっとすごい活躍してる」と言っていた受講生たちは、さらに聞こえない高桐さんの話と仕事振りにカルチャーショックを受け、川島さんの語りに感動していた。
 高齢になっても、障がいがあっても、国籍が違っても、年齢や性別に関わりなく、住みたいところに暮らし、学んだり持てる力を発揮して仕事や社会参加するチャンスが誰にも等しくある社会(ノーマライゼーションの社会)が当たり前になりつつあるようだ。
 最近は若くて元気な人が中心だった時代から、少しずつ誰もが一緒に活き活き暮らせる社会に向かっているのではないかと感じる。そうした社会を支える様々な法律も、ここ数年多く施行されている。その背景には、国際社会の価値観への準拠や日本の急速な少子高齢社会への課題解決策という観もあるが。
 元気な人といわれる人たちも、実は、いろいろな不便さを我慢しているということに気づくことがある。見えない人が困らないようにとシャンプーとリンスを区別するために考えられたシャンプーのきざみは、実際には見える人にも便利だったという典型の例がある。誰もが活き活き暮らせる社会をめざすと、そこに大きな商品開発やサービスシステム開発のチャンスがあることに気づくはずだ。 企業も、障がいのある人や高齢の人を雇用することによって、思わぬ不便さに気づいたり、逆にその有能さに驚いたりしながら、新たな商品開発やサービスシステムの必要性を実感し、アイデアを思いつき、思い込みでない真にユーザーの立場に立った商品を提供できる感性が培えるだろう。
 ノーマライゼーションの推進は、閉塞観のある現在の突破口にもなるのではないだろうか。もうすぐ人口のマスの世代が定年を迎えようとしている日本の社会は、元気で若い人たちだけでは支えきれなくなってくる。誰もがいつまでも自立して社会参加できる環境やそのサポート体制づくりが緊急の課題ではないだろうか。
 そんな社会の実現を願って、いま、健常者、障がい者という枠に囚われず、年をとっても障がいがあっても運動の苦手な人も、みんなが一緒に楽しめるスポーツを普及しようと、ユニバーサルスポーツを提案し、そのコーディネーター養成講座を始めたところである。